タイトル
コメント
画像

1 | 2 | 3 | 4 | 5


トンボ
2004/09/07(Tue) 00:00:00

トンボというと呑ん兵衛のワタシが真っ先に思い浮かべるのは『トンボ鮪』。胸ビレを広げるとトンボに似ていることから付いた別名。通称、ビンナガ鮪。安価で刺し身がウマい。シーチキンのマヨネーズ和えはお手軽な酒菜だ。
また『トンボ魚』というのもあるな。一般的な名はトビウオ。こいつは見た目そのまんま。好みの問題もあるが、ムロアジとともに「くさや」がいける。
あと『塩辛トンボ』。酒の肴を連想するが塩漬けにされたトンボではなく、背が灰青色で少量の白粉を生じていることから塩を連想されてそう名付けられたそうな。塩漬けにされても食えん。カマキリ虫じゃあるまいし。
トンボは漢字で書けば『蜻蛉』。カゲロウとも読む。トンボのことを古くはこう言ってたそうだ。
ということは、あの藤原道綱母の作『蜻蛉日記』ってのは夏休みの宿題でトンボの観察日記ちゅうことか。
(ンなワケねぇだろ)

あかとんぼ 行きつく先は 北海道
                        呑ん兵衛

Photo by basilico's website[nekocan] -Since 9.20.2002-
 
ULR: http://s2.poporo.net/basilico/nekocan/


区切
2004/09/05(Sun) 00:00:00

よくホームページで100番とか500番ってアクセスしたら何とかってのをよく見かける。
100は99の次で101の前にすぎないが、人は誰でも区切りをつけたがる。では何故人は区切りをつけるのか。
区切りを1年のサイクルで考えると季節となる。
日本ならこれが4つ。
問題はこの『節』だ。『節分』とは字のごとく、季節を分ける節目の日で立春・立夏・立秋・立冬の前日にあたる。
この日を境に季節が変わる。
最近では『節分』といえば春だけだと思っているだろうが、本当は4回ある。
立春が年の初めなので最も重視されるだけだ。
この『節分』、東洋医学的に言うとまさに季節の変わり目。
体調を崩しやすく神経も乱れやすい。
古来、春の節分に鬼退治の豆をまくのも、人心弱まり、油断しやすい節目に鬼が忍び込んでくるのを防ぐためなのである。
そう。『節』 = 『区切り』はとても怖いのである。
この怖い日は、1日のサイクルの中にもある。
『逢魔ヶ時』という言葉を聞いたことがあるだろうか。
英語ならまさしくトワイライトゾーン。
昼間と夜、どちらの時間でもない時間帯のこと。
この時間、違う世界の入り口が開き、この世のものでない『魔』が出やすいのである。
洋の東西を問わず黄昏時に魔界の扉は開くのだ。
「なーんか段々と眉唾の世界に入っていきますねぇ」と、胡散臭げな顔をするアナタ。
ではこんな話はどうだ。
水には循環周期がある。
どこか遠い海の上。
太陽に照らされて水蒸気がまず雲となる。
この雲が流れ、大陸に雨を降らす。
大地に染み込んだ水はやがて川となり再び海に戻る。
この一巡りに60年かかると言われている。
これを聞いて『還暦』という言葉のつながりを思わないだろうか。
60歳をあらわす『還暦』は、陰暦で干支が60年で一巡りし、生まれ年の干支に戻ることから付けられた。
このとき、赤いチャンチャンコを着たりする。
これも赤ん坊に還るという意味の他に魔除けという思いも込められているのだ。
水のサイクルと命のサイクルが同じ60年。
ただの偶然かもしれぬが、なんか重ね読みしたくなる。
すべての哺乳類は、一生に心臓を二十億回打ち、呼吸を五億回するという説がある。
当然ゆっくり大きく呼吸する動物は長く生き、逆の場合は短命となる。
生き物としての人間も、かつて固有の生命時計を持っていたに違いない。
人が時間にさまざまな『区切り』を設けるのは、動物としての生命時計を思い出させるためかもしれない。
時計を発明したからって偉い訳じゃない。
時計を発明したおかげで生命時計とのズレに苦しむとはなんて皮肉な話だろう。
たまには時計を外し、生命時計に身をゆだねて黄昏に魔物の姿を見るのもいい。


なごり夏
2004/09/04(Sat) 00:00:00

このごろ、夏の終わりの悲しさが、ちょっぴり好きになってきた。(へえ)
以前はただ悲しいだけだったが、最近はその悲しさを味わうゆとりのようなものが出てきたようだ。(年とっただけじゃねーの)
浜辺に打ち捨てられたボディローションの容器や壊れたビーチサンダルのかたっぽは、夏の真っ盛りにはただのマナーの悪いバカ者の残したゴミにすぎないが、すっかり人影の消えた秋の一時期だけは、はかない夢の宴の残り香となる。(ほんとかよ)
しまいわすれたベランダの風鈴(うるせーんだよ)、やり残した線香花火(つまんねーもんな)、これらはみなメランコリックな秋のポエム。(どっか悪いんじゃねーか?)
洋の東西を問わず、古来多くの歌人、詩人が自然の移ろいにこころ動かされて、酒を友とし、歌を詠み詩を吟じてきた。(何がいいてーんだよ?)
感傷の心を癒せるものはもはや酒しかない。(なーんだ、ようするに飲みたいんだろ)
今宵、過ぎ去りし栄華の時をなつかしみ、しばしこの世の無常を忘れて盃をかさねん。(二日酔いすんナよ!)


この〜日なんの日、気になる日〜♪
2004/09/03(Fri) 00:00:00

9月1日は何の日か。
多くの人は防災の日と答えるだろう。
大正12年9月1日午前11時58分に起きた関東大震災を教訓に制定された日だ。
また、学生さんにとっては長い夏休みが終わって新学期を迎える憂鬱な日であろう。
いずれにせよあまり歓迎されない日であるな。
しかし、とある夫婦にとっては珠のような男の子が天から授かったとてもすばらしい日なのである。
そう、9月1日はワタシの21回目の誕生日なのだ。
会社では事務のコにプレゼントをもらったし、飲み屋ではお酒をサービスしてくれたし、携帯やネット上ではたくさんのグリカをいただいてワタシにとってはシアワセな日であった。
この日は星座で言えば乙女座。正義と徳の女神アストライアに由来している。一般的に繊細な人が多いようだ。
そしてワタシの血液型はA型。マジメで几帳面なのである。
正義感が強く、徳があって繊細でマジメかつ几帳面…
わっはっは、なんというすばらしい人柄なのであろう!
しかも卯年生まれ。うさピョンなのだ。まぁ、なんと愛らしい。
21回目の誕生日に乾杯。
(干支がおかしいなんて指摘すんなよ)



2004/08/28(Sat) 00:00:00

酔って海に入るのは危ないらしいですな。
私は何度も酒飲んで海に入っているけど、幸いなことにいっぺんも危険な目にはあっていない。
海だとそんなに酔わないし、ヘベレケになるほど飲まないから。
でも油断は禁物であります。
ところで昔から不思議に思うことがある。
それは、交通事故でも、水の事故でも、毎年必ず同じぐらいの人が犠牲になるってこと。
てことは、来年の犠牲者の数も大体同じくらいになると想定できるわけだ。
こうした数字は、マクロになればなるほど正確に平均値に近づくわけで、来年も、どこの誰かは想定できないが、ほぼ確実に誰かが犠牲になる。
そう思うと不思議であると同時に、なんだか恐ろしくなるね。
来年、溺れて亡くなる人は、今の段階で自分が犠牲になると思っていない。
でも、誰かは死ななくちゃならんのだ、統計という運命の定めで。
海や川に行かなければ、少なくとも水難事故にあうことは無い。
行っても海に入らなければ、入っても酒を飲まなければ、犠牲になる確率は下がる。
さあ、どうします?
あなたはそれでも酒飲んで海に入りますか?
私は…入っちゃうな、きっと。



2004/08/26(Thu) 00:00:00

タッチー&チビ


酒菜。
2004/08/25(Wed) 00:00:00

かつて鳥獣の肉・魚介・野菜類など副食物とするものの総称、オカズのことは「菜(な)」と言われておりました。
その当時は動物性タンパクはほとんど取らず、貴重なタンパク源といえば魚。
オカズの中でイチバンなのが魚であったわけだ。
だから魚のことを「真(ホント)」の「菜(オカズ)」、『真菜(まな)』と言ってたんだな。
ということは、酒のつまみは「酒」の「菜」であって、『酒菜(さかな)』ということになります。
それが後になって肴(さかな)という字を当てられるようになったそうな。
魚、肴。どちらも大好物。
ノンベ釣り師のワタシにとっては、魚釣りの話だけでもよい肴になるんだよな。

1 | 2 | 3 | 4 | 5